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デビューから41年!全国ツアー敢行中の「イモ欽トリオ」。3人でみなさんに元気を届けたい!

イモ欽トリオ インタビュー

1981年に「欽ドン!良い子悪い子普通の子」でユニットを結成し、「ハイスクールララバイ」の大ヒットでお茶の間を席巻したイモ欽トリオ。デビューから41年を経て「それぞれが“おじさん”となった今だからこそ、本当に楽しいことをしたい!」と全国ツアーを実施。そんな3人にお話を伺いました。

バラエティ番組「欽ドン!良い子悪い子普通の子」から生まれたユニット「イモ欽トリオ」。ヨシオ(山口良一)、ワルオ(西山浩司)、フツオ(長江健次)として1981年にユニットデビュー。デビューシングル「ハイスクールララバイ」が大ヒット。


山口良一オフィシャルブログ

西山浩司オフィシャルサイト

長江健次 Instagram


イモ欽トリオの活動期間、実は短かったんですね

長江 僕が在籍していたイモ欽トリオとしての活動は、1981年から1982年にかけての1年半ぐらいなんですよ。その後メンバーが変わって、それでも3年かな、活動期間は。意外と短いでしょ?

西山 健次は当時高校生で関西に住んでいて、平日は学校があったので活動できなかったんですよ。その代わり夏休みはフル稼働。あの1981年の夏は人生最大に忙しかったね。

山口 あなたはほら舞台やってたから忙しかったけど、僕はそんなに忙しくなかったなあ。健ちゃんがいる土日は忙しかったけど、他には仕事がなかったから、あとは暇だったもん(笑)。

長江 僕も普段は学校行ってたから、そうでもなかった。みんなによく「忙しかったでしょう~?」とか「ものすごく儲けたでしょ?」とか言われるんですけど、そんなことはないんですよ。

山口 当時、「テレビつけたら毎日出てるよね」とか言われてたけど、欽ちゃんの番組と歌番組だけで、他のバラエティ番組にはほとんど出ていなかった。
「ザ・ベストテン」と「ザ・トップテン」と「夜のヒットスタジオ」、あとはたまに「笑っていいとも!」とか。「徹子の部屋」や「スター誕生!」にも出たかなあ。それでも週3回ぐらい。欽ちゃんが毎日出ていたから、そのイメージなんですよね。

それだけお茶の間にイモ欽トリオの印象が強かったんですね。

西山 もうデビューから41年経つわけですよ。それでも皆さんの記憶にイモ欽トリオの印象が残ってるんだよね。今こうやってライブツアーができるのもそのおかげで、いかにあの時のインパクトが強かったかっていう。それは20年、30年と年月が経ってわかった答えで、活動が終わって5年や10年では、そのすごさがわからなかった。

山口 あと「ハイスクールララバイ」のレコードジャケットが学生服だったから、イモ欽トリオといえばそのイメージでしょうけど、実は学生服を着て歌っていたのは「欽ドン」だけで、他の歌番組の時は、ちゃんと別の歌唱用衣装を着てたんですよ。イメージってすごいね。

西山 あの時代は、“お茶の間”って言葉が生きてて、家族が1台のテレビを囲んで集まってみんなでひとつの番組を見て、子どもたちが次の日学校でそれを話題にして。いい時代だったなって思います。バブル期の前だったけど経済も上向きだったし、テレビ業界も元気だった。

山口 無駄な海外ロケもいっぱいあったよね。いい青空が欲しい、というためだけに海外行ったり。「なるほど!ザ・ワールド」のリポートでオーストラリアにも行ったねえ。CM撮影でグアムとか、雑誌の撮影でも海外に行けた時代ですからね。

41年目の全国ライブツアーについてお尋ねします。
当時と今とで3人の関係は変わりましたか?

長江 僕は今がいっちばん楽しいですね。当時高校生で子どもだったんで、9歳離れてる26歳の大人な山口さんとは喋る話題もあまりなかったし、西山さんは20歳の一番イケイケなお兄さん時代で僕とよくぶつかってた。
でも今は、み~んなおじさんになって、年齢差も感じなくなって、ここ3~4年ようやく横に並んだ感じですね。

西山 バランスとしてもいいんだよねこの3人。山口くんが長男としてのほほんとした感じで、下2人がちょっとヤンチャな次男三男て感じで。

山口 健ちゃんはしっかりものの末っ子だよね。ツアーの手配から宿の手配まで全部やってくれる。僕たちはただついて行ってるだけ。

長江 好きなんですよね、そういうことするのが。自分が楽しいことを企画したり手配したりして、人に喜んでもらえるのが嬉しい。だから今の肩書きは、“シンガーソングイベンター運転手ツアーコンダクター”です(笑)。元々自分自身のライブ活動も、すべてひとりでやっているので。びっくりされますよ。でもね、人にやってもらってイラっとしたらイヤじゃないですか。それなら自分でやったほうがいい。失敗しても自分ひとりの責任だから。

山口 そういうとこが健ちゃん偉いなあと思う。僕はね、人にイラっとしたらそこでやらなくなっちゃうタイプ。

西山 俺は我慢するタイプ。どっかで爆発するけど。

山口 なんか3人のタイプが信長と秀吉と家康みたいだね(笑)。

西山 昔は健次と俺はよくぶつかってたのよ。でもそれがあるから今こうやって一緒にできるんだなと思う。

西山さんと山口さんは現在、役者業がメインですよね。今回の全国ライブツアーはその合間に?

西山 舞台とか映画とかある時はもちろん役者なんだけど、実は14年間居酒屋をやってたんです。それを今年5月に立ち退きのため閉店して。時間ができたから、今回ライブやろうかって話を健ちゃんにもちかけたんだよね。

山口 僕はちょうど舞台と舞台の間、7月半ばから8月半ばぐらいまでしか時間なかったんだけど、その間の土日を使えば地方行けるねということになった。あとの手配は全部健ちゃんがやってくれた。

西山 仕事とか関係性とか、本当にうまい具合に3人の歯車が噛み合ってきたのがここ3~4年で、それが今回のツアーにつながったのかなと思う。

人生100年時代と言われていますが、これからの人生についてはどのように考えていますか?

西山 今、61歳なんですが、健康でさえいればというのが一番。そしたらなんでもできるでしょ?仕事して、たまにイモ欽でこうしてライブやって。こういうスタイルが一番幸せなのかなって思う。

山口 僕は今まで自分で何かを仕掛けてきた人間ではなく、常に流れのままに生きてきたんで、楽しいと思えることであれば、どこにでも行くしなんでもやるし。これまで通り、これからも流れのままに楽しいことをしていきたいですね。

長江 もうずっと変わんないと思うけど、思いついたことをどんどん発信するのが好き。絶えず動いてないと気が済まないほうなんで、常に何かを仕掛けたい。何かと何かをぶつけて、化学反応が起きるのを後ろから見るのが大好きなんですよ。
僕がライブやイベントにお声かけさせてもらっている人たちって、昔、一世風靡した50代~60代の方が多いんですが、みなさん、今のほうが断然カッコいいんですよ。歳とったら誰だって老けるし太るしハゲるし(笑)。当たり前じゃないですか。でもカッコいいって言われる生き方をしてる。だからいつも言うんですよ、“今よ、今動かないと”って。
いや~ライブ行きたいと思ったんです「けど」とか、やりたいと思ったんです「けど」とか。そこで止まってるじゃないですか。もう「けど」はやめましょうやって。

西山 人生の残り時間が少なくなっているのは事実だからね。その中でやりたいことやらないと。

山口 若いうちは我慢して勉強して経験を積んでいかないとダメで、いろいろ辛いこともあるけど、もう50、60、70歳になってくると、そんなに嫌な思いしなくていいでしょ?辛いこと選ばなくてもいいんじゃない?辛いこともたくさんあるでしょうけど、その中でも楽しいことをやっていこうよ、と。

長江 今回のツアーはもうソールドアウトのところもあるんですが、僕たちがお近くに行ったらふらっと遊びにきてください。とにかくみなさんと一緒に楽しみたいです。まずは無事に最後まで完走することが一番なので、気をつけながらライブを頑張りたいです。そしてこれを機に、3人とも元気なうちにまた次に繋げられればいいなと思います。

西山 山口くんが生きているうちにね(笑)。

山口 そうそう。僕が元気なうちに急いで観にきてください、皆さん!

※全国ツアー 2022年7月17日~8月11日 全10公演

※完売している会場もあります。チケットはお早めに!

●7月29日(金)19:30~<愛知県>BL cafe
愛知県名古屋市千種区今池4-7-11

●7月30日(土)18:00~<大阪府>ROYAL HORSE
大阪府大阪市北区兎我野町15-13

●7月31日(日)16:00~<京都府>都雅都雅
京都府京都市下京区寺町通四条下ル貞安前之町613

●8月6日(土)18:00~<広島県>Yise
広島県広島市中区紙屋町2-3-23

●8月7日(日) 17:00~<福岡県>ROOMS
福岡県福岡市中央区大名2-1-50 3F

●8月11日(木)16:00~<東京都>GEMINI Theater
東京都世田谷区玉川3-20-11 B1

チケット予約は

https://t.livepocket.jp/t/imokin

または直接会場へお問い合わせください。

撮影協力/アートホテル旭川、じゃずそば放哉

撮影/中田省吾

取材・文/高島由佳

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