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自然とアートを愛する大人の聖域
「江之浦測候所」をゆっくり歩く

写真、現代美術、建築、古美術収集など多彩な活動を繰り広げ、小田原文化財団を設立した杉本博司さんが、構想から20年をかけ2017年小田原に開いた「小田原文化財団 江之浦測候所」。
測候所とは、気象を観測する施設のこと。同施設は芸術文化の発信地でありながら、夏至・冬至・春分・秋分の日の出を拝む場所でもあります。太陽の運行を観測していたと見られる古代遺跡は世界中にありますが、そのような場所こそ人類の意識の起源であり、アートの起源だと杉本さんは語っています。

人類意識とアートの起源に立ち返るという壮大なコンセプトを持つ同施設。しかし実際に歩いてみると、みかん畑あり竹林あり、遊歩道には可愛い石仏が並んでいて、心が和みます。菜の花満開のうららかな春の日に訪ねた時の様子を、主だった見どころとともにご紹介します。

こちらは入場してすぐ右手に現れる「明月門」。

鎌倉の臨済宗建長寺派、明月院の正門で室町時代のもの。幾つもの戦火をくぐり抜けて、東京・青山の根津美術館で使用されていましたが、美術館の建て替えに伴い小田原文化財団へ寄贈。同施設で再建されたそうです。

エントランスでいただいたガイドブックによると、明月門のような時代もの、杉本作品の建築やアートなど54もの展示が、広大な敷地内に点在しています。おしゃれな場所ですが、スニーカーなど歩きやすく滑りにくい靴がおすすめです。

夏至・冬至・春分・秋分
海から昇る朝日の道

海抜100メートル地点に100メートルの長さがある「夏至光遥拝100メートルギャラリー」。右は大谷石(おおやいし)、左は柱なしにガラス板だけが並ぶ特殊な工法で作られています。石の壁面には杉本さんの写真作品「海景」が並び、前方には小田原の青い海。オリジナルの「海景」を存分に撮影できます。夏至の朝には、正面から太陽が昇ります

エデンの園にあった生命の樹の大理石レリーフ(12-13世紀、イタリア)の下を通り抜けると、海に向かって「冬至光遥拝隧道」が伸びています。止め石の手前まで、歩いてみるとその横には光学ガラスを敷き詰めた舞台。石造りの客席もあり、イタリア・ラツィオ州フィレントの古代ローマ円形劇場遺跡を実測のもと再現されているそうです。

千利休の茶室「待庵」から構想された「雨聴天」。掛軸の「日々是口実」の文字には、思わず口元が弛みます。茶室前の石造鳥居は、山形県にある日本最古級の鳥居の形式に準じて組み立てられたものだとか。鳥居から海を眺めた方向は、春分・秋分の太陽の道だそうです。

骨董から数億年前の化石まで
多様な展示に時にユーモアも感じて

みかん畑の側道を竹林エリアへ下ると、昭和30年代のものだというトタンの古い小屋があります。数億年前の「化石」が陳列され、写真の大きな化石は4~5億年前の三葉虫。左の看板は秀吉軍の禁令立て札だそうで、この配置までもアート? と聞きたくなります。さらに奥では、縄文時代の祭祀の道具と見られる石棒が、ガラスの社に祀られています。小屋前のベンチも展示品で、6,500万年前の化石化した木を、杉本さんがスパッと加工して制作されたものだそうです。

竹林の中に宇宙と交信できる機器を発見?! ではなく、数学上の双曲線関数を模型化した作品「数理模型0010」。数式にある無限遠点は物体では表現できず、杉本さん曰く「夢想するしかない」そうですが、こちらも杉本さんの頭の中はどうなっているのだろうと夢想します…。

竹林の凛とした空気の中を歩くと、胸がスッとします。少し歩き疲れたなと思った頃、斜面に小さなお地蔵さんたちが次々と現れます。この地と私たちの足元をやさしく見守ってくれているようです。

「小田原文化財団 江之浦測候所」は今なお変化し続けているそうです。2022年3月まで杉本さんの収集した春日大社ゆかりの古美術などで構成される「春日神霊の旅」展が神奈川県立金沢文庫でが開催されましたが、その春日大社から御霊(みたま)分けを受け、小さな「春日社」が3月27日に誕生しました。日の出を拝む場所として、芸術文化の発信地として、そして自然とアートの聖域として、今後ますます広がりを見せていくのでしょう。

訪れた日は3月ながらとても暖かく、菜の花の黄色と海の青が眩しい平和な一日でした。ゆっくり歩いて、約2時間。見応えのあるさまざまな歴史の遺物やアート、建築が江之浦の自然と一体となって、その調和が不思議と私たちを穏やかな気分にさせてくれる…そんな風に感じました。また季節や天候が違ったら、どう感じるでしょう? 次回の訪問を楽しみにしながら、この地を後にしました。

小田原文化財団

「チケット購入」より申込み。

「小田原文化財団 江之浦測候所」は、“近代以前の人口密度を体感していただく”ため日時指定の完全予約制。午前と午後の部に分かれています。最寄り駅はJR根府川駅、真鶴駅。根府川駅との間を無料送迎バスが運行。真鶴駅からはタクシーで約10分。車で行く場合は、駐車場の利用も事前に申し込みを。詳しくはホームページをご確認ください。

DATA

神奈川県小田原市江之浦362-1
見学時間:10:00~13:00、13:30~16:30(各回定員制)
休館日:火・水、年末年始。臨時休業日あり
入館料:インターネット事前予約 一律3,300円

  • 安全性と施設の特性を考慮し、中学生未満は入館不可
  • 施設内で飲食物の販売はありませんが、持ち込みは可能です。屋外のベンチをご利用ください。
  • 土日祝限定で明月門前に「ストーンエイジカフェ」がオープン。みかん畑のジュースなどいただけます。

ロッカーは待合棟に。杉本さんによる2021年NHK大河ドラマ『青天を衝け』題字横の、階段下にあります。

取材・文/永田知子

1972年生まれ 福岡県出身の編集・ライター。福岡で旅行情報誌の編集・制作、東京でwebマガジンの編集やサイトプロデュースなどを経てフリーランスに。旅やファッション、うつわ、アート、夢の話が大好物。フラにもはまっています。現在は体のために、ゆるくベジタリアン生活を実践中。

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